興味をもつ努力を放棄して、努力家を「天才」と言ってしまう人間が凡人である

凡人は努力家のことを天才と言ってしまう

全ては心の持ちようなのです

こんばんは!TOEIC奮闘中のウルトラマンの休日です!

留学もしないくせに英語をペラペラに話せる人を見て、「どうせ、元から英語が好きだったんでしょ?」とか、良い大学を出ている人を見て、「どうせ、勉強が昔から好きだったんでしょ?」と思っていませんか?

ここで、突然ですが、あなたはこの言葉をご存知でしょうか?

「おもしろきこともなき世をおもしろく すみなしものは心なりけり」

幕末に尊王派(反幕府の人で天皇を奉ろうとする人たち)と攘夷派(海外勢力を入ってこさせないようにする人たち)がくっついた尊王攘夷の中で倒幕運動のために立ち上がった若者、長州藩の高杉晋作(享年27なので、私と同い年汗)が読んだ句ですね。

あなたは、興味をもつ努力をしていますか? 物事に興味をもつというのは、

①自発的に興味をもつもの

②興味をもつ努力をした末に、興味をもつことができるもの

に分かれます。

パターン①である、自発的に勝手に知らないうちに興味を持って取り組んでいるうちに大成しているというのは本当に幸せなことですが、人生そう甘くはありません。

今日は、パターン②の「興味をもつ努力をした末に、興味をもつことができる」これが人生開花のヒントであるというお話をします。

最初っから面白いなんてことはない

youtubeを見る、映画を見る、ゲームをする

といった類のことはパターン①である、自発的に興味をもつものに分類されます。こういった、「他人が作ったものを受け身的に楽しんで消費するもの」はほとんど頭を使わないので、しんどくないため自発的に興味をもつことができます。

しかし、残念ながら、他人が作ったものを受け身的に楽しんで消費しているだけでは、自身の価値をあげることは難しいでしょう。しかも、こういったもの(youtube、映画鑑賞、ゲーム)は、私を含む、大多数の凡人が行なっているため、経済的価値には繋がりにくいです。

一方で、

パターン②の「興味を持つ努力をした末に、興味をもつことができる」といったものは何が挙げられるでしょうか?

例えば、

語学学習。プログラミング。受験勉強。その他、苦痛を伴いつつ、成長できるもの。

こういった、「頭を使った」自己成長を伴うジャンルの物事ははっきり言って、3日坊主になりがちです。

それは、単純に、人間が怠惰で「頭を使う」ということを避けたいからです。

興味をもつ努力を放棄して、努力家を「天才」と言ってしまう人間が凡人である

本当に勉強できる人は、生まれつき勉強が好きだったのでしょうか?

英語を話せる人は本当に生まれつき英語が好きだったのでしょうか?

そんなことはありません。

世界に言語はいくつ存在しているかご存知ですか?

1000?

2000?

いえいえ、答えは、およそ6900だそうです。(百科事典Ethnologueより)

日本人の大半は語学学習といえば、「英語学習」をイメージしますが、本当に英語学習をしている日本人全員が6900個もある言語の中から自分の適正や言語的な面白さを感じて、「英語」を勉強しよう!!!

なんて、思いませんよね。大抵の理由は「事実上の世界共通語」であり、英語を話せると色んな面でアドバンテージがあるからではないでしょうか。(つまり、生まれつきめちゃくちゃ興味があったわけじゃない。)

大学受験だって、否応なしに現代文、古文、漢文、数学、物理、化学、英語、日本史とたくさんのことを勉強させられます。

では、難関大学に入った人は皆この科目全てが好きだったでしょうか。

そんなことはないはずです。

本当は嫌いだけど、受験で必要だからこの科目を勉強しようと考えたと思います。もし、本当に好きならば、大学入学も、独学で古文とか勉強している学生がいるはずですからね。

そんな奴は、あまりいません。

ということは、やっぱりなんだかんだ、みんな「必要だから」勉強をするわけです。

そして、受験勉強の中で「どうすればこの科目に興味をもつことができるか。」と考えて、勉強をしたはずです。興味が沸かないとどうしても頭に入りませんからね。

例えば、古文が嫌いな場合、「ありがたし」って「有難し」って書くから、昔の世界では、「有ることが難しい」だから、ありがたいということは昔は、「なかなか手に入らない」という意味で使われていたんだな。それがいつしか、「そんなあなたの素晴らしい親切は『なかなか手に入るはずもない』」→「ありがとう」という言葉が生まれたんだな。と考えをはせてみたりすることで、興味を持とうとするわけです。

単語を無理矢理丸覚えするのは苦行でしかないですからね。

歴史を勉強していて年号を丸暗記するのではなく、どうしてこの年にこういった事変・事件が起きたのかについてよく考えてみたり、調べたりすると年号を覚えられたりするわけです。

古文単語のことについて思いを馳せるより、ゲームをしていたい年頃なはずですよ。それなのに古文単語を覚えるというのは、「努力して興味をもとう」としているに他ならないのですね。

難関大学に合格される方や、英語を留学もせず、ずっと日本で暮らしていて話せるようになれる方というのは、どういうマインドで勉強をしているのでしょうか。

それは、

「やらなければならないことを好きになる努力をしている」

に他ならないのです。そして、そういったことに考えが及ばない場合、凡人は、「やらなければならないことを好きになる努力」というものを放棄して、「元々勉強が好きだったんでしょ?」

と発言してしまいます。

全然それでも構わないのですが、好きになろうと努力をすることを一切放棄して、好きになろうと努力してきた人に対して「天才」の一言で片付けるのは非常に早計であるということなのです。

ほとんどみんな勉強は嫌ですし、1週間や2週間本気を出して勉強をしたところで何も変わりません。

人間の成長とは、あなたが想像している1/100くらいの速度なのです。まずは、大きな大成を一夜にして得ようとするマインドを捨てるところから始まります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

ニシジマ

ゆとり世代ど真ん中に爆誕。円周率は3だと信じて疑わない。大学卒業後,予備校で勤務しており,化学を担当。主な業務は,模擬試験作成と入試解説の執筆。大学時代の専攻は物理化学であるが,難解すぎて意味があまりわからない。