『文系出身と理系出身に大きな差や違いはない』と予備校講師の私が多くの生徒を見てきて感じた3つの理由

自分が文系とか理系っていうのは単なる思い込み

「文系だから数字にまつわることはもうアレルギー。」

「理系だから英語とか無理です。」

というあなた。予備校講師である私がなぜ、「文系出身と理系出身に大きな差や違いはないのか」について解説していきます。

ちなみに、、、私は厳密に言うと、予備校講師ではありません。某予備校で全国模試(化学)を作成している予備校の職員です。ただ、

  • 医学部受験を含む多くの生徒の指導をしてきて感じたこと
  • 自身が理系(理工学部の化学科)出身でありながらも「別に文系でも良かったな。」と日々勤務をしていて感じること
  • 家庭教師をしていてめちゃくちゃ数学ができないと悩んでいた子が手ほどきするといとも簡単に数学で学年トップ10まで伸びたこと

という実体験に基づいて今回は解説していきます。

結論から言うと、理系とか文系というカテゴライズはただ単にあなたが卒業した学部がそうなのであって、あなた自身の頭脳が理系だったとか文系だったというわけではないということです。

必ずしも、

出身学部の系統=あなたの頭脳の系統

ではないということです。これを解説していきます。英語学習などの私のTwitterは@toeicscoreup123

学習は0.01mmの積み重ねにすぎない

1日10時間勉強すると、偏差値はどのくらい上昇するのか。

学習や勉強とは日々の0.01mmの積み重ねにすぎないということをご存知でしょうか。

一見難しい内容であったとしても、問題を細分化してみれば非常にシンプルな物事の組み合わせになっているにすぎず、この問題の細分化や0.01mmを積み重ねるというめんどくささに耐えられなくなった結果が、私を含む、今のあなたであると言えます。

学習とはいきなり全てを理解できるようになるということはなく、本当に薄い紙を1枚1枚積み重ねて行き、10年経ったある日積み重ねた紙を見ると、3650枚という持ち上げられないような枚数の紙になっている。こういった感覚です。

しかしながら、人は皆1枚1枚積み重ねることに耐えられなくなって途中でやめてしまいます。

例えば、偏差値を10あげるとします。

これってものすごく大変なことですよね。きっと合格する大学も変わってくると思います。偏差値10をあげるために毎日10時間勉強するとします。

偏差値10を1年であげるとしたら、1日あたりどのくらい偏差値をあげないといけないでしょうか?

答えは、0.027です。

例えば今日あなたが自習室や図書館で10時間勉強したとします。

すると、朝から勉強し続けてヘロヘロになった夜のあなたは偏差値0.027だけ伸びているということになります。どうですか?

10時間勉強を2週間休まずに毎日続けます。すると、偏差値は0.378だけ上昇します。どうですか?

途方に暮れませんか?このように途方に暮れそうなことに対して途方に暮れない人だけが1年後に偏差値10を上げて合格を勝ち取るのです。

大学受験に限らず、語学学習であっても、楽器の練習であっても、ブログで収益をあげるであっても、すべてはティッシュペーパーのような薄い紙をひたすら積み上げていく作業なのです。

となると、あなた自身が不向きだと言って途中でその科目を放棄したという事実が「自分は理系脳だ!」とか「自分は文系脳だ!」と言ってしまう諸悪の根源だと思えてきませんか?

センター国語ですらロジックはある

最先端の研究でない限り、『教科書』というものが存在している内容のものである限り、全てはロジックでできています。

私は、センター国語が全くできず、本番で98点という暴挙を成し遂げ、無事に国公立は落ちました。今年から100点満点になったかと思いましたね。

で、予備校で勤務したり、全国のセンター試験国語の資料を見たりして、コンスタントに190点付近を取り続ける生徒を見ているうちに感じたことがありました。

理系にとってはブラックボックスのようなセンター国語ですら安定して190を取り続ける人がいる。

ということは、センター国語という問題は運ゲーではなくて、非常にロジカルに作られたものであり、そのロジックを理解できていない私の方に責任はあるのだ。と強く感じました。

数学で余弦定理に代入して、辺の長さが2√3にしかならないのと同じように、センター国語で答えが絶対に誰が選んでもロジカルに読める人にとっては『③』にしかならない根拠があるのだということに気づきました。

理系の私にとっては不明すぎるセンター国語のようなものでさえロジックなんだなと考えさせられました。

わからなくなった場所に立ち帰ればいいだけ

あなたが文系であるとして、数学が死ぬほど苦手だったとして、いつわからなくなりましたか?

あなたが苦手だなと感じたものっていつか「わからなくなった」タイミングがあります。

この「わかる」「わかる」「わかる」「わかる」「わからなくなった」

ここの「わかる」から「わからなくなった」のタイミングがどこなのかを探る必要があります。

それはつるかめ算かもしれませんし、2次関数かもしれませんし、微分積分かもしれませんし、複素平面かもしれません。

もし、数学が苦手だったとして、数学をもう一度やりたいと思うなら、どこのタイミングでわからなくなったのかを調べて、そこに立ち返り、そこから0.01mmずつ積み上げて行く。ただそれだけのことなのです。

誰にでも「わからなくなるタイミング」はあります。得意科目であっても苦手科目であってもそうです。

私は、化学科を卒業していて高校生当時は化学が得意でした。なので高校化学はとりあえず仕事にしている以上ある程度きちんと理解しているつもりです。その上で、大学の化学となると、まあ2回生程度でしょうか。(もしくは1回生?)そんな程度の知識だと思います。

もし、化学をもう一度理解したいとなればその2回生の部分から教科書を読み進めればいいだけのことなのです。

そして、私が苦手な国語であれば、センター試験国語をまずは解けるようにして論理的な思考を身につけるというところから始めればいいというだけなのです。

つまり、あなたが得意であるとか苦手であると思っていることなんて、どこに立ち返るのかというスタート地点が変わるだけに過ぎないということです。

つるかめ算でつまずいたのならつるかめ算まで戻ってみましょうよ。

「苦手」という言葉で片付けるのは簡単ですし、「あの人は賢い」「自分はバカだ」と線引きするのも簡単です。私はもちろん弱いですが、人間は弱くて楽な方向に流されやすい生き物です。ですから、決して「自分はバカだ」という線引きをして楽な方向に逃げるのではなく、やろうと決めたのならばそれに立ち向かう精神をつけましょうよ!!!私も学生時代ずっと英語が嫌いでしたが、毎日英語をして少しずつ変わってきてますよ!(まだまだすぎですが!!!)

大人の勉強は子供の勉強より100倍楽である

大人は子供に「勉強をしなさい!」って言うじゃないですか。

子供の立場になると、本当に勉強やりたくない。っていうのが心底わかるんですよね。

今でこそ大人になって勉強の意味を理解して自分で勉強するようになりましたが、中学生・高校生の頃なんてどうして勉強するのかを本当には理解していませんでしたよ。まあ普通そうでしょうけどね。

そんな就職がどうのこうのとか言われても、15年16年しか生きてないのに、7年後の就職の未来を本気で見据えられるわけがないですって。

中にはしっかりした人もいますがね笑

でもって、私がなぜ大人の勉強は子供の勉強より100倍楽なのかというと、大人の勉強は『自ら進んで望んでやる勉強だから。』ですね。

私は仕事帰りと休日を返上して英語を勉強していますが、「仕事の傍、英語の勉強してます!」っていやいやいや笑

勉強内容って意味で言えば、絶対高校生の方が大変やから!!!!

と思うんですよね。そりゃあ、社会人は時間の制限など色々あるかとは思いますが基本的に「やりたい勉強をやる」だけでしょ笑?

高校生の受験って否応なしに漢文・古文・物理・化学・数学・英語・日本史なんでもやらされるじゃないですか。

「漢文やりたくないって!!俺、物理だけやっときたいねん!!」

「あたしは数学なんかより英語だけ極めたいの!」

なんていう学生いっぱいいると思いますよ。

それでも大学受験というハードルが設定されている以上はやりたくない勉強でもやらざるを得ないわけです。

英語を勉強する社会人の私と、数学だけやりたいと思いつつ英語もせざるおえない高校生とは同じ「英語を勉強をする」といったことであっても全然しんどさは違うと思うんですよね。

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ABOUTこの記事をかいた人

ニシジマ

ゆとり世代ど真ん中に爆誕。円周率は3だと信じて疑わない。大学卒業後,予備校で勤務しており,化学を担当。主な業務は,模擬試験作成と入試解説の執筆。大学時代の専攻は物理化学であるが,難解すぎて意味があまりわからない。