シェムリアップのパブストリートで出会ったあのカンボジア女性の涙は本物だったのか。

パブストリートのクラブであるカンボジアの女性と出会ったちょっと良い話

帰国する前日の話

この話は一昨日(2019.8.19)の話です。私がひとり旅で滞在していたカンボジアから日本に帰る前日の話ですね。

脚色は一切なしで、あった通りのことを書きます。

また、この話は決して私が善人だという話ではなく、人を信じるってどういうことなのかについて考えさせられた話だということをご了承ください。また、この話を読んであなたも人を信じることについて考える機会になれば幸いです。

この話の簡単なまとめツイートです。クリックすると、簡単に全容が見れます。

https://twitter.com/toeicscoreup123/status/1163502090519371778

夜20時を過ぎ、パブストリートに出かけた

シェムリアップのパブストリート(著者撮影)
※この記事の写真はこの話とは別日に一人で撮影した写真です。

夜の20時を過ぎ、パブストリートに出かけたんですね。パブストリートっていうのはバーやクラブやマッサージ店や出店などが出ているシェムリアップの夜遊びの通りです。夜遊びとは言うもののエロ関連の雰囲気は薄く観光客がごった返しているところですね。

夜20時で軽くお酒も飲んだことやし、クラブでも入ってみよっかな!

とひとり旅の海外旅行でハメを外して、クラブに入ってみました。そして、爆音の中お酒を飲んでました。

「あぁ、誰かと話したいなあ。」

と思った私は、なんとなくそのクラブに2人で来ていたカンボジア人女性に声をかけて、意気投合したんですね。

このカウンターで出会った。クラブTEMPLE。(著者撮影)
※この記事の写真はこの話とは別日に一人で撮影した写真です。

とは言っても、向こうはほぼ英語は話せないみたいですし、その上、クラブ内は音楽で爆音。お酒もまあまあ飲んでいるという状況で意思疎通はほとんどジェスチャーでした。

女性「Where?」

私「Japan!Japan!」

と耳元に近づいて話すような感じでその他はジェスチャーがほとんど。

そんな感じでありながらも、何となく意気投合したので、

「音楽に合わせて踊るか!」

となったんですね。流れる音楽も Carly Rae Jepsen の Call me maybe や Taylor Swift の 22 など知ってる曲ばかりだったので、なんとなく音楽に合わせながらその2人の女の子のうちの1人とぴょんぴょん飛びながら踊って、飲んでって繰り返してたんですね!

なかなかに刺激的なエロい踊りでしたね笑

I don’t know about you
But I’m feeling 22
Everything will be alright if you keep me next to you
You don’t know about me
But I’ll bet you want to
Everything will be alright if we just keep dancing like we’re 22

あなたのこと知らないわ。でも今私はまさに22歳みたいな気分よ。

あなたが私のそばにいてくれるなら 全てうまくいくわ。

あなたは私のこと知らないよね。

でも私のこともっと知りたいでしょ?

22歳かのように踊っていたらきっと全てうまくいくわ。

22 Taylor Swift 歌詞

「そろそろ出よっか!」

パブストリートを出て。(著者撮影)
※この記事の写真はこの話とは別日に一人で撮影した写真です。

そして、そうこうしているうちに時間が22時を過ぎて、2人でクラブを出ることにしました。

クラブに出て、もう1件、今度は静かなバーに行こう。(という雰囲気)になったので、あるバーに入って一緒にお酒を飲んでいると、その女の子が

「40 dollar. Sleep?」

と一晩過ごす話を持ちかけて来ました。

この2席での会話。バーBeatnik.(著者撮影)
※この記事の写真はこの話とは別日に一人で撮影した写真です。

あぁ…せっかく楽しかったのに、売春目的か。と思って残念に思いながら、

「I enjoyed our talking. I don’t need it.」(会話楽しかったよ。一晩過ごすのは要らない。)

とお誘いを断ったんですね。すると、彼女は、

「30 dollar. OK?」

と何度も言ってくるので、そのバーにあったペンでレシートの裏に

「I really enjoyed our talking. I believe you’re a really nice woman. But I don’t want to have sex. 30 dollars is not expensive. But I don’t need it. I do apologize for you. Thank you.」

(楽しかったよ。あなたはすごく素敵な女性だ。でも一晩過ごしたくはない。30ドルは高くない。でも要らない。ごめんね。ありがとう。)

と書いた紙を渡すと、その女の子は店員さんにその紙を見せてクメール語で訳してもらっていました。

そして、何度か断っていると、その女の子が急に泣き出したんですね。

夫と別れて子供を食べさせていけない

このテーブルに移動して会話した(著者撮影)
※この記事の写真はこの話とは別日に一人で撮影した写真です。

最初はかなり半信半疑で聞いてたんですよ。

夫のDVが原因で別れたそうで、子供が3人いる。本当に食べさせていけない。

疑いながら、いろんな話を細かく細かく聞いて行ったんですね。

その女の子は28歳だということ。夫とはDVで別れたということ。私の頬を叩くジェスチャーをしながら教えてくれました。

そして、

泣いているのはお酒を飲み過ぎているからだということ。ビールのグラスをさしながら頭の横でくるくると指を回して教えてくれました。

ビールのグラスについた水滴でテーブルに文字を書きながらずっと話していました。

私が何度も払わないという話をし、お金を払うそぶりを一切見せずにいても、時間の無駄だと思って帰らずに、ずっと話を続けていたこと。

断ったあとも私のグラスに乾杯をしてきたこと。

本当に泣いていること。

私(もうすぐ28歳)とほとんど同い年の女性が、日本人であるということとカンボジア人であるということでこんなにも置かれる状況が違うということ。

そんなことを考えながら、私は彼女を見て、『単にその女の子が普段誰かに言いたかったことを、関係のない(からこそ)私に言いたかったのではないか』と感じたんですね。

アホみたいな話ですが、何か映画の中みたいだなと夜風に吹かれてお酒を飲みながら思っていました。

夫のDVの話をしている時、その女の子は本当に泣いていました。

そして何度も泣きながらテーブルの上にグラスの水滴で交渉してくるその女性に居た堪れなくなって、私は、

「I will give you this. We don’t need to have sex.」

と伝え、30ドルを彼女に渡しました。

彼女は泣きながら私の手を握って、何度も「ありがとう」と言い、落ち着いたあと、

「クメール語で『ありがとう』は『オークン』と言います。」

「あなたの名前を一生忘れない」

と言ってくれました。

彼女は私が30ドルを渡したのを交渉成立という意味と取り違えてその後もホテルの話をしたりしていました。最後にパブストリートの真ん中で別れ際に、

ホテルに行こうとしてトゥクトゥクを捕まえようとする彼女に、

”Probably you can’t understand this but I will tell you I will give you that money but we won’t have sex.”(多分理解できないと思うけど、言うね。このお金は君にあげる。でも一晩過ごさないよ。)

と言って、ジェスチャーを交えて伝えると、何とか意味を理解してくれて、分かれました。

最後、20 mほど離れてから振り返ると彼女は私に手を振ってくれていました。

人を信じるとはどういうことか

日の出前のアンコールワットを撮影。

彼女は偶然カンボジア人で、私は偶然日本人なのである

冒頭でも言った通り、これは私が善人だという話ではありません。2回同じことが起きても、次はお金は渡さないかもしれません。(というか渡さない(?))

いわば偶然の気まぐれで、海外旅行をしている風や雰囲気に乗せられて、あたかも映画みたいな雰囲気に飲まれてお金を渡しただけに過ぎません。

同い年で、私は日本人である。そして、一応お金はないながらも明日からも生きていけるし、こうやって、楽しむために旅をしている。

その旅先で出会った同い年の女性が偶然同い年であり、その女性はカンボジア人であった。

それゆえ、どうすることもできなく、貧困に喘いでいる。

彼女の涙は本物か

うがった見方をすれば、同い年じゃないかもしれないし、全部作り話かもしれないし、

単にウブな男が、女の涙に騙されて30ドルを渡したという話

とも捉えられます。

彼女の方が1枚上手だったという話とも捉えられる話ですよね。

私はホステルに帰ったあと、酔っている頭で真剣に3時間くらいその女性の涙や、振り返ると手を振ってくれていたことを思い浮かべながら、

その女性の涙は本物だったのかどうかについて考えていました。

結局、結論としては、

分かれた後に舌を出している彼女の姿と、本当に感謝してくれている彼女の姿が重なり合っていました。

重なりあってそれ以上の結論は出ませんでした。

ただ、私の中では、あの状況で30ドルを渡さずに帰るというのはありえませんでした。

絶対にホステルに戻ってから彼女の涙や話してくれていたことやクラブで一緒に踊ったことを反芻して自己嫌悪しそうだったからです。

非常に省エネで合理的に理屈にしか基づかないように生きている私が真逆のことをした瞬間でした。

人は合理的に動いて生きる生き物じゃないんだなということや、理屈で説明できないようなことをした時に人は大きくなるのかなとも思いました。

30ドルは騙し取られたのか、自分の意思で渡したのか

結局のところ、答えはわかりません。ただ、私はいまだに30ドルは自分の意思で渡したと思っています。

また、この経験や、カンボジアの人たちと触れ合う中で、人を信じることや優しくするということについて考えさせられました。

どうすれば人を信じることができるんだろうか。優しくできるんだろうか。と数日間ぼんやり帰国途中に考えた結論です。

人に優しくできる人は、

  1. 騙されてもいいと思えるくらい強い人
  2. 人の優しさの貸し借りを大局で見れる人(人の情けはためならずを地でいける人)

なのかなと。目の前の人に席を譲ろうか悩む時に、

「もしこの人に譲ろうとして変な風に言い返されたりしたら嫌だな。」

と思って行動できないってよくあるんですが、

きちんと優しくできる人は、そこまで織り込み済みで、強く言い返されてもいい(=1.騙されてもいい)と思い、

目の前の人を助けつつも、優しくすることで局所的には強く言い返されて”マイナス”の気持ちを感じたとしても、100回いろんな場所で優しくすることで、82回優しさで返ってきて、18回冷たさで返ってくるというような大局を見れる人なのかな(2.)と感じました。

あれが騙し取られていたとしたらあっぱれだわ笑

結論、カンボジア行こう!カンボジア旅行記も書いていきますね!では今日はこの辺で!

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ABOUTこの記事をかいた人

ニシジマ

ゆとり世代ど真ん中に爆誕。円周率は3だと信じて疑わない。大学卒業後,予備校で勤務しており,化学を担当。主な業務は,模擬試験作成と入試解説の執筆。大学時代の専攻は物理化学であるが,難解すぎて意味があまりわからない。